奈川は、街道とともに交通の要所として発展してきました。古代では、岐蘇山道(後の木曽街道)、中世にかけて野麦街道が整備され、近世では両街道が主要道になり、街道沿いの村として人々の交流や物資の流通ににぎわいを見せました。

江戸時代には尾張藩に属し木曽福島代官・山村氏の支配下に置かれ、「尾州岡船」と呼ばれる独特の牛による運送業が発達し、街道を通じて全国にその名を馳せました。また、「祇園囃子」や「奈川獅子」など、今でも受け継がれている地域文化も街道を通じて伝えられました。野麦街道は明治時代に入っても、製糸産業を支えた飛騨の工女たちの交通路としてにぎわいました。村にとっては、街道はその生活の源であり、また木曽との政治的つながり、松本や飛騨との経済的なつながりもこの街道の上に成り立ち、街道沿いの村として、生活・風土・伝統・文化が培われてきたことは大きな特徴です。

奈川『歴史・文化』の地図

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