信濃と飛騨の国境、野麦峠


奈川の概要

面積・土地・気候

奈川地区は、市域の南西に位置し、概ね東西11km、南北14kmにわたり、面積は117.65k㎡となっています。
周囲を2,000m級の連峰に囲まれた平地の少ない渓谷地帯で、西に乗鞍岳、東に鉢盛山を望み、野麦峠方面から南北に流れる奈川の河畔に沿って、標高1,200m前後の地域に14の集落が点在しています。
内陸高地型で四季がはっきりしており、夏は涼しいため、たいへん過ごしやすく、冬には雪はそれほど降りませんが厳しい寒さとなります。


人口

人口:729人 世帯数:347世帯 (平成29年7月1日現在)


奈川の歴史

奈川は、街道とともに交通の要所として発展してきました。中世にかけて「鎌倉街道」(田の萱⇔大野川)「野麦街道」が整備され、近世では両街道が主要道になり、街道沿いの村として人々の交流や物資の流通ににぎわいをみせました。

江戸時代には尾張藩に属し木曽福島代官・山村氏の支配下に置かれ、「尾州岡船」と呼ばれる独特の牛による運送業が発達し、街道を通じて全国にその名を馳せました。また、「祇園囃子」や「奈川獅子」など、今でも受け継がれている地域文化も街道によって育まれたものである。野麦街道は明治時代に入っても、製糸産業を支えた飛騨の工女たちの交通路としてにぎわいました。村にとっては、街道はその生活の源であり、また木曽との政治的つながり、松本や飛騨との経済的なつながりもこの街道の上に成り立ち、街道沿いの村として、生活・風土・伝統・文化が培われてきたことは大きな特徴です。


野麦峠

野麦街道はかつては官道であり、天領であり鰤が運ばれ文化が運ばれ近世は女工哀史で知られた製糸工場に働く女工たちが超えた道です。長野県の史跡に指定されている、ワサビ沢から野麦峠までの旧野麦街道は1,300mと一口に言うものの、峠に一直線に向かう山道はけっこう急坂もありなかなかのトレッキングコースです。

ゆっくり歩いて片道1時間弱の道のり。疲れたと思う頃に道端にベンチが置かれていたり、古い山の水場が残っていたりと嬉しい心遣いが見えます。奈川の集落を向こうに遠く山々を望む場所。飛騨から来た人々はここでホッと一息ついたことでしょう。木漏れ日のブナ林の中を進むと小さな石仏が所々に置かれています。